八俣(やまた)のおろちをみごとに退治した須佐之男(すさのお)は、まん中の尾から、美しく光る大刀(たち)を手に入れました。渦の模様がついており、みるからに特異なもののように見えます。須佐之男は、高天原(たかあまはら)でさんざん迷惑をかけたおわびに、天照大御神にこの大刀を献上することにいたしました。

これが、のちに大和朝廷に伝わって三種の神器のひとつとなった『くさなぎの剣』なのでございます。この剣は、尾張(おはり)の国(愛知県)の熱田神宮にご神体としてお祀りされております。

さて、高天原では乱暴ばかり働いていた須佐之男ですが、ここでは英雄です。それに、くしなだ姫という美しい妻も得て、とても幸せそうなごようすでした。ある日、お二人が出雲を歩き回り、新居をさがし求めていたとき、見晴らしの良い土地に出くわしました。そこは大地から目に見えないエネルギーが吹き出している神聖な所でした。

「おおっ。ここはなんとすがすがしいところだろうか」

と須佐之男はそう言って、その地を須賀(すが)と名づけ、そこに立派な宮殿をお建てになられたのでございます。自然と暮らしていた古代の人々は、このような場所を直感で感じることができ、そこを聖地として代々大切に守ってきたのです。その場所が神社や鎮守(ちんじゅ)の杜(もり)となって日本の各地にたくさん残っているのでございます。

やがて宮殿が完成したとき、お二人のご結婚を祝福するかのような雲が、幾筋もむくむくと立ち昇りました。その情景を、須佐之男は歌に詠まれました。

  
八雲(やぐも)立つ 出雲八重垣(いずもやえがき)
  妻籠(つまご)みに 八重垣(やえがき)作る
  その八重垣(やえがき)を

意味 雲が何重にも立ちのぼり、雲が湧き出るという名の出雲の国に、
八重垣をめぐらすように、雲が立ちのぼる
妻を籠らすために、俺は宮殿に何重にも垣を作ったけど、
ちょうどその八重垣をめぐらしたようになあ。

この三十一(みそひと)文字から和歌がはじまり、万葉集、古今和歌集などへと受け継がれていきました。そして、ごく自然に人々の間に歌を詠むことが流行りだし文化として定着し、中つ国(なかつくに)は(日本)歌詠みの国とまでいわれるようになったのでございます。

須佐之男は、くしなだ姫の父親、あしなづちを須賀(すが)のこの宮殿の長老に任命し、稲田(いなだ)の宮主(みやぬし)、須賀之八耳(すがのやいみみ)の神と名づけました。

やがて須佐之男とくしなだ姫との間に子どもも産まれ、名を『やしまじぬみ』とつけられて、出雲の土地神となりました。子孫も繁栄し、末永く幸せにくらしました。



-古事記のものがたりより-








Copyright(C)2007 杏樹. All rights reserved.
【掲載の記事・写真・イラストなどの無断複写・転載等を禁じます。】