≪神様のお話し≫

■八俣の大蛇(おろち)退治
高天原(たかあまはら)で、またもや乱暴を働いた須佐之男(すさのお)に、堪忍袋の緒が切れた神々は、ついに高天原から下界(中つ国(なかつくに))へと追放しました。というわけで須佐之男は、出雲の肥(ひ)の河の上流、鳥髪(とりかみ)というところに降りたちました。そこには大きな川が流れております。

須佐之男は、その川に箸(はし)が流れてくるのを見つけ「川上に人が住んでいるに違いない」と思い、上流へと、上っていきました。箸を使って食事をするという行いは、神代からすでに人々の生活習慣として根づいていたのでございます。

しばらく歩いていくと、老夫婦が麗しい乙女を真ん中にして、しくしくと泣いているのに出会いました。川の上流で泣いている老夫婦と乙女を見つけた須佐之男は、不思議に思いたずねました。

「お前たちは何者だ?」

「わたしは国つ神(くにつかみ)『おおやまつみの子』で名前はあしなづち(足名椎)、妻はてなづち(手名椎)、娘はくしなだ姫(櫛名田姫)と申します」

「なぜ泣いているのか?」

「わたしたち夫婦にはもともと娘が八人おりました。しかし毎年、高志(こし)の国(北陸地方)から八俣(やまた)のおろちがやって来て、一人ずつ娘を喰らっていくのです。もうこの娘ひとりしか残っておりません。そのおろちが、もうすぐやって来るのです。最後に残った、たった一人のこの娘ともお別れかと思うと悲しくてなりません」

「おろちとはどんな形をしているのか?」

「目はほおづきのように赤く、胴体はひとつで、八つの頭、八つの尾があります。からだには苔や檜が生え、その大きさは八つの谷と峰をまたぐほど、腹はいつも血でにじみただれております」

「よし、わたしがその八俣(やまた)のおろちを退治しよう。ところで娘をわたしの妻にくれないか」

「えっ? あなた様は、どなた様でしょう?」

「わたしは、天照大御神の弟だ。いま高天原(たかあまはら)降りてきたところだ」

「それは恐れおおいこと。そのような方なら喜んで娘を差し上げましょう」

須佐之男はそれを聞くと、娘をぱっと櫛に変え、髪の毛に差してしまわれました。そして、老夫婦に、

「八塩折(やしお)りの酒(とても濃い酒)を造り、垣根を張りめぐらせて八つの門を作れ。それぞれの門に台を作り、上になみなみと酒を注いだ酒樽(さけだる)を置くように!」

と指示されたのです。

やがて準備も整い、須佐之男が隠れて待っておりますと、あたりのようすが一変し、空には不気味な黒雲がたれこめ、稲妻が光り、雷鳴が響きました。地鳴りがし、木の裂ける大きな音が聞こえたかと思うと、四方の山が突然崩れ落ち、周囲から八つの鎌首をもたげた、すさまじい形相の八俣(やまた)のおろちが現れたのです。おろちがひとたび息を吐けば、それは嵐となり、大岩が飛んで行きます。

須佐之男はその様子を息を殺してごらんになっておりました。おろちの八つの頭は、地を這い空をうかがい、なにやら探している風でした。そして、あたりに漂う、うまそうな酒の匂いにつられて、八つの頭を八つの酒樽につき入れ、飲み始めました。おろちは赤い目をさらに赤く充血させ、ぺちゃぺちゃがぶがぶとのどを波打たせながら飲みほしてしまいました。そうしてしたたかに酔い、大いびきをかいて寝てしまったのです。

そのときを待っていた須佐之男は、用心しながらそっと、おろちに近づき、十拳釼(とつかつるぎ)を抜いて、

 ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や

とおろちの八つの頭をばらばらに切り落としてしまわれました。胴体からは血がどうどうと吹き出しています。血の海の中におろちの首がごろんごろんと転がっております。流れ出た大量の血は川に流れ込み、真っ赤に染まってしまいました。このおろちの血で緋色(ひいろ)に染まった川を『肥(ひ)の河』と人は呼びました。

次に、須佐之男はとどめをさそうと思い、八つの尾を順番に切り落としはじめました。そして、真ん中の尾を切り落とそうとしたときに「カキッ」という音がして、剣の刃がかけてしまいました。どんなものでも切ることのできる、この十拳釼(とつかのつるぎ)の刃がこぼれるはずがありません。不思議に思って蛇の尾を裂いてみますと、そこにはひとつの大刀がらんと輝いて収まっているのでした。


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-古事記のものがたりより-








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